私がブラジル滞在中もっとも印象に残っているのは、2ヶ月かけてブラジル国内旅行をしたことです。当時サンパウロには、ブラジル各地にある日系の農業協同組合の中央会があって、そこからそれぞれの組合長あてに紹介状をだしてもらい、その地方の農業を視察するという旅行でした。サンパウロ近郊では土地が高すぎて、独立がむつかしい若者にチャンスを与えようとするものでした。50日、約2万kmのブラジル1周のその旅は、私が今まで過ごしてきた京都とはまったく違った世界がありました。
サンパウロの都会的なこともふくめて、すこしづつ書いていきます。
ブラジル旅行bP
1985年9月11日(水)
アナ ローザ -SPの三宅 幾氏のご好意で、テイシェイラ デ フレイタス-BAまで三宅氏の運転でワーゲンのパサート車に同乗させてもらえることになり、早朝サンパウロを出発しました。
彼は、サンパウロの中央市場で魚の卸とブラジル北部のサンルイス-MAにあるエビの養殖場を経営されています。彼は年に何回か自らの運転で3,500キロを通っておられます。
道中、いろいろなお話ができ将来農業をするため良い土地を探す目的の私にとって、アドバイスを受けることが出来ました。
アパレシーダ-SPを過ぎたあたりから交通量も少なくなり単調な景色の中、休むことなく下り坂ではエンジンを切って燃料を節約しながら走り続けます。
彼は京都市上賀茂のご出身でご自身の学生時代(京都府立農林高等学校、現在京都府立大学)や京都の話をしながら、楽しく旅が始まりました。
途中、リオ デ ジャネイロとニテロイの間にかかる橋を渡った時、ブラジルに来て1年2ヶ月、初めて大西洋をまじかに見ることが出来ました。また橋の上からチラッとポン
デ アスッカールが見えて感激、今回の旅は観光でなく、街を歩くのは次の機会の楽しみに取っておきます。
ホテルカナナン泊、テレビ付きアパルタメント50,000cr(5j)
カンポス-RJ 710km
9月12日
快調に国道101をテイシェイラ デ フレイタス-BAに向かって走ります。途中リィニャレス-ESのあたりではドーセ川の氾濫原になるため地盤が弱いせいで道路の痛みが所々にありました。この川の上流にはたくさんの鉱山があり鉄道でヴィトーリアに運んでいます。またカンポス沖には海底油田もありブラジルの豊かな天然資源です。
昼過ぎにテイシェイラ デ フレイタスのコチア産業組合の事務所に着き、そこで三宅氏にお礼を言って別れました。その日は組合評議員の西 氏のお宅に泊めて頂きました。
西 氏は街中に住んでおられ、農地は50km以上離れたところにあります。主にパパイアを作っておられます。あとピーマンなどの野菜、メロンやスイカなどの果物も作っておられます。耕地は100haです。
9月13日
組合の高山農業技師の案内でイタマラジュ-BAの営農団地に行きました。こちらではパパイアの他、カカオの作付けが始まっていました。今日はイタマラジュの長谷田
氏のお宅に泊めてもらいました。
9月14日
長谷田 氏に営農団地と街を案内してもらいました。街のメルカード(市場)は野菜の種類が少なく人々は黒人系が多くてサンパウロとは異なり、さすがバイーアに来たと感じます。こちらの雑踏と街の匂いは私にとっては好きなものです。夜は長谷田
氏に街のレストランでバイーア料理をご馳走してもらう。バイーア料理はアフリカ系のものでデンデ油を使うので、初めての場合刺激がきつすぎてお腹を壊さないようにと彼はレストランの方にデンデ油を少なくしてと調理をたのんでくれましたが、彼の心配をよそにもりもりと食べました。今日は長谷田
氏の友人の山岸 氏宅に泊めてもらいました。彼らは他の友人たちとマージャンをしていましたが、私はマージャンを知らないので早くに休ませてもらいました。
9月15日
右側が長谷田 氏
ジュエラーナ-BAにある長谷田 氏のもう一つの農地を案内してもらう。ここは1960年代にココ椰子の栽培で始まった入植地ですが、思うように実が付かず大変な苦労だったとの事でした。その後スイカ、メロン、パパイアと栽培が移っていき現在の豊かさになったとの事でした。ここジュエラーナは海に近くて風が気持ちよく暑くもなく寒くもなく住みやすそうな所です。
ここ南バイーアの海岸地帯は気候がよく、今ではパパイアの大産地として成功しています。農場経営者は40代の日系の2世や3世もおられ街に住んで離れた農地に管理人を置いてのやり方がほとんどでした。しかし日系人がブラジル人を使うことの難しさがあるようで(ある意味で舐めてかかられる)、日系でない人は、人の使い方が相当きついという話です。とくに日系どうしで結婚されている場合はしんどいところがあると、奥様が現地の方である長谷田
氏は話されていました。彼は奥様の親戚の方とも良い関係をつくっておられ、私は好感を持ちました。
先日、すでに購入していたバスの切符を持って夕方バスターミナルに行き、乗ろうとすると私たちの座席番号はこのバスにはないと言われ慌てました。発券窓口まで行き文句を言って長谷田
氏にも間に入ってもらい、追加料金なしで同時刻発のレイト(寝台バスで2倍の料金)で行けることになりました。
9月16日(月)
サルバドールの港にて
朝7時サルバドール-BA着。距離811km。レイトは飲み物とカフェのサービスもありとても楽チンでした。
ジュアゼイロ-BA行き22時20分発のバスの切符を買い、バスターミナルに手荷物を預けて市内バスで港まで出かけました。南米銀行でお金をおろし、港の辺りをビジュー(マンジョカの澱粉で出来た甘くて丸い餅を、油で揚げてシナモンの粉で覆ってあるもの)を食べながらブラブラ。エレベーターに乗って丘の上の旧市街地を歩いたり。お金を持っているようには見えないはずなのに、ドルを売ってくれと言われたり、ペットのオウムやサルを買わされそうになったりでにぎやかな街です。夕食はちょっとはりこんでバイア料理を食べたりでつかの間の観光気分を味わいました。バスターミナルでシャワーを浴びさっぱりしてバスに乗り込みました。
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